慌ただしく過ぎ去る時間に、ふとたたずむ様にやすらぎを与えてくれる伊平盆地の
匂い立つ様な草木、小川のせせらぎ、川魚、昆虫そして空を自由に飛んでいる鳥たちの姿に、私たちは心の安らぎを覚えます。
ここには、豊かな自然、深い祈りと古代から大切に守ってきた文化があります。
梅の花が満開の様相を見せて、もうすぐ鶯のさえずる声が聞こえようとする時期、伊平への思いが綴(つづ)られたこの名作を 読みたくなるのです。
伊平3区在住 鈴木哲(アキラ)著 「伊平夜話」の章 山あいの盆地 から
写真 左から二人目が鈴木哲(アキラ)さん
春夏秋冬という言葉がある。春から初夏にかけての伊平は、小盆地中央を流れる清流を挟んで、周囲の山々がうす緑の若葉や白い桜の花に色どられ、初夏に入れば山々の椎の花が黄金色にもりあがり、まさに絶景である。
野山の山菜も早春の蕗(ふき)の薹(とう)に始まり順次わらび・ぜんまい・ふき・竹の子と旬のものが顔をだし、その気になれば食卓をうるおしてくれる。
五月中旬からは夕方川辺に蛍の光を見ることができ、この淡い光は六月末ごろまで続く。
夏は盆地のため暑いが、清流に涼を求めつつ、川むつ・白はや、などの雑魚釣り、沢がに・真鮒・ごんずい取りを楽しむことができる。夏の茗荷(みょうが)の味噌和えも絶品である。夏から秋にかけては、周囲の山々からにぎやかく、やかましく蝉の声が聞こえてくる。蝉の声は、赤蝉・熊蝉からみんみん蝉・ひぐらし・つくつくほうしと季節に応じて変化する。ひぐらしは七月中旬から夕方に啼(な)くが、朝四時半ごろにもカナカナと啼いて夏の情緒をそそる。
秋には山々に茸(きのこ)がでるはずであるが、椎茸(しいたけ)などの人工栽培が普及したせいか山に茸(きのこ)を求める人はほとんどない。昔はしめじ・ねずみ茸は言うに及ばず松茸(まつたけ)を採ることもできたと言う。松茸(まつたけ)が採れなくなったこと、浜名湖からの鮎の自然遡上がなくなったことはかえすがえすも残念である。
周囲の山々の紅葉はおそく、十二月初中旬の頃に訪れる。滝清水前の紅葉は美しく目を見張らせるものがある。
この頃秋から冬にかけ山芋が熟れ、趣味ある人は自家食用に掘る。
冬は寒いが雪はほとんど降らない。
珍しく年に二、三度雪が飛べば周囲の山々は墨絵のように化粧する。私の子供の頃はもっと雪が降り雪だるまが作れ、川にも氷が張ってスケート遊びができる程であったが・・・
猿や猪や白鼻心(はくびしん)がはびこるのもこの季節である。頼んでおけば猪肉を入手することができ、掘ってきた山芋とともに猪鍋は冬の逸品である。
二月中旬に佛坂十一面観音の祭り(甘酒・おでん・焼鳥・投餅などが無料サービス)が済むと、梅の花とともに春が訪れる。
梅の花はしばらくして桜の花にバトンタッチする。その頃うす緑色の若葉はやさしく太陽に映えるのである。
(青柳瑞穂 著「ささやかな日本発掘」にも伊平についてのどかな描写がある。)